死ぬということが 悲しいことだという事は もう知っていた。
あの日、
死ぬという事が 苦しいという事も知った。

小学生低学年の頃だった。
婆ちゃんちで 友達数人と遊んでいた。
「 なんか 変な声がきこえる 」
子供達が 使われてない倉庫の中を グルグルと調べて回ると、
ホコリをかぶった 机の裏に 猫が一匹 横たわっていた。
泡を吹いて、ゼェゼェ言っていた。
元気なら 子供達に撫でられたら 逃げるような 野良猫だったけど、
もう逃げる力も残っていないほどに 弱りきっていた。
「 かわいそうだね・・・ どうしたんだろう・・・ 」
どんどん 呼吸が弱くなっていく・・・
「 あ・・・ 息しなくなった! 」
猫は 力尽きてしまった・・・
思わずオラは テレビでやってるように 猫に心臓マッサージをした。
ビックリした。
嬉しかった・・・ 何故なら・・・
「 生き返った!! 」
みんな その奇跡に 喜んだけれど、猫の体が 元気に戻ったわけじゃない。
また 苦しそうに ゼェゼェ・・・。
そして また死んでしまった・・・
涙が止まらなかった。
「 ねえ もういっかい マッサージしてみようよ! 」
友達の誰かが言ったけど、
オラは泣きながら 拒否した・・・。
また 息を吹き返したら、 また 苦しんでしんでいくと 分ったから。
ごめんね、 2回も苦しませてしまった・・・。
「 もう畑に 埋めてあげよう・・・ 」
オラは ネコの死体を 婆ちゃんの畑に埋めた。

数日たって 婆ちゃんが
「 ヨヨ子ちゃん、 猫の死体ば 畑に埋めたろう? 」
「 うん! お墓にした! 」
「 あそこは 邪魔になるけん、 爺さんに裏に埋めなおしてもらったけんね^^ 」
まだ 爺ちゃんも生きてた頃だった。
軽く お叱りをうけたけど、 優しく許してくれた・・・
畑耕してて 死体でてきたら やっぱ 嫌なものだしね・・・。
子供のオラには そこまで 頭がまわらなかった。
生き返ることが 絶対幸せとは 限らないって
あの日 知っちゃった。
死ぬ事の苦しさも いっぱい 伝わった。
テーマ : 悲しい日記 - ジャンル : 日記
誰だって 恐怖や苦しみに包まれて死ぬのは
嫌ですよね。
ただ 今は そういうことをわざとやる人間がいるじゃないですか。
生き物を生き埋めにしたり、わざと溺死させたり、子供を高所から突き落としたり。
ああいうのは ほんとうに許せないですよ。
異常という一言では 済まされないと思います。
死刑すら生ぬるい。
昨今、ゲームの普及で 安易に「死ぬ・復活」ができると「錯覚」できて、
「生」ってことが軽視されてるいま、
「死にゆくさま」を感じることはとても切ないけれど大事だと思いますね・・
子供の頃だからできることって
たくさんありますよねえ。
ひとつの遊びを 毎日繰り返しても飽きなかったあのころが不思議です><。
いまでは めいっこに「 もっともっと!」いわれて かんべんして〜とねをあげてますw
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ギロチンさん
車の免許の 救急措置の時間に
人形のサインが オラだけ ピーピー
なりっぱなしでした><;
「 はい ヨヨ子さんの助けたひとは
マッサージでアバラが折れました〜
あ、また 折れました〜 」
本当にあのていどの力で折れるのか・・・
今度 ためさせてね?w
隊長ダガヤさん
たしかに 命がかなり高い確率で 人よりも
早く終わってしまうのがペットですね。
祖父母の死というものを体験することも
いまは少ないのかもしれません。
快適さを追求して 人はどこまで怠慢生物になってしまうのか怖いです。
愛する人のお墓を 手で掘って 花を摘んでいっしょに弔って・・・ いまでは 業者にお任せ。
命をかけて 動物を狩り、命を奪って自分のいのちを明日に繋いできたのが、いまでは 養殖などで 命を危険にさらすこともなく、
命を奪う瞬間を見ることもない、余ったものはすてていく。
ありがたみがわからなければ 大事に出来ないものばかりですね・・・。
同じ様に、生と死が一対となって「存在」することになるのかもしれません。
今では気軽に「エネルギー補給」しいているファースト・フード店の向こうには、牛や鳥の死があることは隠されてします。だからこそ、今の若者達は、自身の生を実感できない。「いただきます」の意味を実感していない。
小生は動物を飼った経験はないけれど、多分ペツトを飼うことの本質的意味は、人間に比べて短い「生の完結」を体験することではないかと思います。
それはスポーツ選手が、その競技人生で人の一生の疑似体験をするように。
その経験は、大切な財産だと思います。
一生の・・・・
good night!
sleep well,then newday coming.
オラも救急救命講習うけたわ。
マウスツーマウスならばっちりよ?
今の俺に同じことができるかな〜?
と考えさせられますね。
たまにはまじめなぶたまるより
お、元気でしたかぁ?w
オラも最近 リアルで睡眠とか プレイングゲームとか イーティングとかで忙しくて(オィオィw) ネットサーフできずじまいです><;
のんびりいきましょうw
あ、カテーテルは あんましつないじゃだめお?w
ねこのように ひょうひょうといきたいものです・・・w
ネットもリアルもヒキーでございました…。
ヨヨ子どのってば、本当にお優しいのですね。
猫大好きなあたくしは、読んでいて
涙腺が緩みました…。
そのまま安らかに眠らせたいと
決断するには辛かった部分もあったと思います。
でも最後に看取ってもらえた人がいて
猫たんは幸せだったと思いますわ。
ナマケモノも かわいいよw
みんなかわいいw
赤ちゃんは なんでかわいいかというと
何も出来なくって 愛されないと親に
育ててもらえないから、小さくって 可愛い声だしてるんだとおもうよw
チョコさんも いっぱいご両親に育てられたかわいい息子さんなのですよ♪
そうですねえ、もっとしてあげれることがあったかもです。
知識がないというのは 悲しいです><;
うちは田舎で、獣医さんとかありませんしねえ。
犬の狂犬病注射とか 役場にあつまって
各家庭打ってもらう感じですしねw
たぶんあのネコは 毒を盛られたんじゃないかと・・・。
よしのぶさん
オラも 生類を結構ひさんな目にあわせてますよ^^;
特に虫とか。
アリ拾って食ったりしましたしね・・・暇で・・・。
動物好きで やはり好きな人や生き物が苦しむのは辛いですよね。
虫も小さい頃殺しすぎて いまは後悔してます><;
自分が虫だったら? とか考えるようになったら むげに殺生はできなくなりますね。
はるかさん
死 を意識したのは オラも幼稚園くらいでした^^。
婆ちゃんが死んじゃったらどうしよう!!
とか思うと怖くてねむれなくなって、死なないでね 死なないでね と毎日いうようになったのですが、自分が死ぬ事も同時に怖くなったんです。
暫くは 死の世界について 天国 地獄とか興味が出て、地獄に行きたくないから いいこになろう! とか。
あの時 地獄なんかない!と思ってたら 自分は嫌な人間になっていたかも・・・^^;
地獄っていうのは 子供心に 悪い事をしないための規制にもなりましたww
かわいいよね〜
冷たくなった身体を見せ、亡くなった事実を旦那は説明しました。
黙って聞いていたすももは涙を流し、話を静かに聞いていました。
まだ早いのでは?とも思ったのですが、小さな女の子は数少ない知識の中で、それを必死に受け止めていました。
数日は思い出すたびに泣いていましたが、その1年後、おばあちゃんが亡くなった時、すももの中で‘死’というものが始まりなのだと思ったようです。
神様に新しい身体をもらって、帰ってきてね…と 待ってるからね…と おばあちゃんに行ってらっしゃいをしてました。
ヨヨ子さんの優しさを感じますね(*^_^*)
私が小さいころは動物をいじめて楽しんでいましたから。汗
小さいときは相手のことをあまり考えられませんからね。
私がよくいじめた初めての飼い犬は今は誰にもいじめられないところにいると思います。
あるいは、身勝手なことをするのは嫌なのでほおっておいてあげよう。
どちらも正しく、どちらも間違っている。
まぁ結局、その場その場で変わる真実に乗っかるしかないのかもしれませんね。
などと書きましたけれど、自分でもよくわかんなくなってきましたw